でした。街道《かいだう》を通《とほ》る旅人《たびびと》は誰《たれ》でもその休茶屋《やすみぢやや》で休《やす》んで行《ゆ》くと見《み》えて、お猿《さる》さんもよく人《ひと》に慣《な》れて居《ゐ》ました。
父《とう》さんが東京《とうきやう》へ行《ゆ》く話《はなし》をしましたら、お猿《さる》さんも羨《うらや》ましさうに、
『わたしも一《ひと》つ金米糖《こんぺいたう》でも頂《いたゞ》いて、皆《みな》さんのお供《とも》をしたいものです。御覽《ごらん》の通《とほ》り、わたしはこの棧橋《かけはし》の番人《ばんにん》でして、皆《みな》さんのお供《とも》をしたいにも、こゝを置《お》いては行《ゆ》かれません。まあ、この山《やま》の中《なか》の土産話《みやげばなし》に、そこにある古《ふる》い石《いし》でもよく見《み》て行《い》つて下《くだ》さい。これから東京《とうきやう》へお出《いで》になりましたら、その石《いし》に發句《ほつく》が一つ彫《ほ》つてあつたとお話《はな》し下《くだ》さい。その發句《ほつく》をつくつたのは昔《むかし》[#ルビの「むかし」は底本では「むか」]の芭蕉翁《ばせををう》といふ人だとお話《
前へ 次へ
全171ページ中161ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
島崎 藤村 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング