やうに、
『澁《しぶ》い柿《かき》は何時《いつ》までたつても澁《しぶ》いと言《い》ひますよ。さういへば節分《せつぶん》の日《ひ》に、棒《ぼう》を持《も》つた人《ひと》が來《き》て、『さあ、生《な》ると申《まを》すか、生《な》らぬと申《まを》すか』と言《い》つて、柿《かき》の木《き》を打《う》ちませう。その時《とき》、もう一人《ひとり》の人《ひと》が柿《かき》の木《き》に代《かは》つて、『生《な》ります、生《な》ります』と答《こた》へますね。あの棒《ぼう》で強《つよ》く打《う》たれゝば打《う》たれるほど、柿《かき》は甘《あま》くなるとかき聞《き》きました。どうも私《わたし》は節分《せつぶん》の日《ひ》に、棒《ぼう》で打《う》たれ方《かた》が足《た》りなかつたと思《おも》ひます。』と答《こた》へました。
柿《かき》の好《す》きなお百姓《ひやくしやう》の子供《こども》は青《あを》い柿《かき》を見《み》に來《き》ましたが、取《と》つて食《た》べて見《み》る度《たび》に澁《しぶ》さうな顏《かほ》をして、食《た》べかけのを捨《す》てゝしまひました。それからお隣《とな》りの赤《あか》い柿《かき》の方
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