な杉《すぎ》の木《き》の根《ね》キでしたが、その杉《すぎ》の木《き》の間《あひだ》から馬籠《まごめ》の村《むら》が見《み》えました。
お墓《はか》にある御先祖《ごせんぞ》さまは永昌院殿《えいしやうゐんどん》と言《い》ひました。永昌寺《えいしやうじ》のお寺《てら》と同《おな》じ名《な》でした。あの御先祖《ごせんぞ》さまが馬籠《まごめ》の村《むら》も開《ひら》けば、お寺《てら》も建《た》てたといふことです。あれは父《とう》さんのお家《うち》の御先祖《ごせんぞ》さまといふばかりでなく、村《むら》の御先祖《ごせんぞ》さまでもあるといふことです。
なんと、あの御先祖《ごせんぞ》さまのやうに、開《ひら》かうと思《おも》へばこんな村《むら》も開《ひら》けて行《ゆ》きますし、建《た》てようと思《おも》へば永昌寺《えいしやうじ》のやうなお寺《てら》が建《た》つて、それが父《とう》さんの代《だい》まで續《つゞ》いて來《き》て居《ゐ》ます。先《ま》づ、思《おも》へ。何《なに》もかもそこから始《はじ》まります。御先祖《ごせんぞ》さまがさう思《おも》つてこんな山《やま》の中《なか》へ村《むら》を開《ひら》きはじ
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