ふ》までは。思へば今日《けふ》までは怪《あや》しく過ぎにけり。いつのまに春は過ぎつゝ夏も亦た、あしたの宿《やど》をいかにせむ。
 とは見る人の杞憂《うれひ》にて、蝴蝶はひたすら花を尋ね舞ふ。西へ行くかと見れば東《ひがし》へかへり、東へ飛んでは西へ舞ひもどる。うしろの庭をあさりめぐりて前なる池を一とまはり。秋待顏《あきまちがほ》の萩の上葉《うはば》にいこひもやらず、けさのあはれのあさがほにふたゝび三《み》たび羽《は》をうちて再《ま》た飛び去りて宇宙《ちう》に舞ふ。
 たれか宇宙《ちう》に迷はぬものやあらむ。あしたの雨|夕《ゆふ》べの風|何《いづ》れ心をなやめぬものやあるべき。わびしく舞へるゆふべの蝶よひとりなるはいましのみかは。われもさびしくこの夏の、たそがれの景色《けしき》に惑《まど》ふてあるものを。
 秋風《あきかぜ》の樹葉《このは》をからさんはあすのこと。野も里もなべてに霜の置き布《し》けば草のいのちも消えつきて、いましが宿もなかるべし。花をあさるは今のまの、あはれ浮世の夢なりけり。黄金《わうごん》積むもの、權威《ちから》あるもの、たゞしは玉のかんばせの佳人《たをやめ》とても、この
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