しけれ。
 罪なしと知れどもにくき枕をば、
 かたへに抛《な》げて膝を立つれど、
 千々に亂るゝ麻糸の思ひを消さむ由はなし。
今見し夢を繰り回へし、
うらなふ行手の浪高く、
迷ひそめにし戀の港は何所なるらむ。
 立出て※[#「片+總のつくり」、第3水準1−87−68]《まど》をひらけば外《と》の方は、
 ゆきゝいそがし暴風雨を誘《さそ》ふ雲の足、
 あめつちの境もわかで黒みわたるぞ物凄き。
 しばし呆れて眺むれば、
頭《かしら》の上にうすらぐ雲の絶間より、
あらはるゝ心あり氣の星一つ。
たちまちに晴るゝ思ひに憂さも散りぬ。
 人は眠り世は靜かなる小夜中に、
 音づるゝ君はわが戀ふ人の姿にぞありける。
[#改ページ]

  孤飛蝶


 つれなき蝶のわびしげなる。いつしか夏も夕影《ゆふかげ》の、葉風すゞしき庭面《にはおも》にかろく、浮きたるそのすがた。黒地《くろぢ》に斑《まだら》しろかねの、雙葉《もろは》を風にうちまかせ花ある方《かた》をたづね顏。
 春の野に迷ひ出でたはつい昨日《きのふ》、旭日《あさひ》にうつる菜の花に、うかるゝともなく迷ふともなく、廣野《ひろの》を狹《せ》まく今日《け
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