地龍子


行脚の草鞋紐ゆるみぬ。
胸にまつはる悲しの戀も
思ひ疲るゝまゝに衰へぬ。
と見れば思ひまうけぬ所に
目新らしき花の園。

人のいやしき手にて作られし
物と變りて、百種の野花
思ひ/\に咲けるぞめでたき。
何やらん花の根に
うごめく物あり。
眼を下向けて見れば
地龍子《みゝず》なり。
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  みゝずのうた


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この夏行脚してめぐりありけるとき、或朝ふとおもしろき草花の咲けるところに出でぬ。花を眺むるに餘念なき時、わが眼に入れるものあり、これ他の風流漢ならずして一蚯蚓なり。をかしきことありければ記しとめぬ。
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わらじのひものゆるくなりぬ、
まだあさまだき日も高からかに、
ゆふべの夢のまださめやらで、
いそがしきかな吾が心、さても雲水の
身には恥かし夢の跡。

つぶやきながら結び果てゝ立上り、
歩むとすれば、いぶかしきかな、
われを留むる、今を盛りの草の花、
わが魂は先づ打ち入りて、物こそ忘れめ、
この花だにあらばうちもえ死なむ。

そこはふは誰《た》ぞ、わが花の下を、
答へはあらず、はひまはる、
わが花盜む心なり
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