間の一生は「生」より「死」にまで旅するを以て、最後の運命と定むべからざるものあるに似たり。人間の一生は旅なり、然れども「生」といふ駅は「死」といふ駅に隣せるものにして、この小時間の旅によりて万事休する事能はざるなり。生の前は夢なり、生の後も亦た夢なり、吾人は生の前を知る能はず、又た死の後を知る能はず、然れども僅《わづ》かに現在の「生」を覗《うかゞ》ひ知ることを得るなり、現在の「生」は夢にして「生」の後が寤《ご》なるべきや否や、吾人は之をも知る能はず。
吾人が明らかに知り得る一事あり、其は他ならず、現在の「生」は有限なること是れなり、然れども其の有限なるは人間の精神《スピリツト》にあらず、人間の物質なり。世界は意味なくして成立するものにあらず、必らず何事かの希望を蓄へて進みつゝあるなり、然らざれば凡ての文明も、凡ての化育も、虚偽のものなるべし。世界の希望は人間の希望なり、何をか人間の希望といふ、曰く、個の有限の中にありて彼の無限の目的に応《かな》はせんこと是なり。有限は囲環の内にありて其中心に注ぎ、無限は方以外に自由なり、有限は引力によりて相結び、無限は自在を以て孤立することを得るなり
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