害を与ふるにあり。而して斯の如く害を加へたる時に、己れの受けたる害は償はれたる如き心地して、奇様なる満足を得るなり。斯の如きもの復讐の精神なりとせば、復讐なる一事は、人間の高尚なる性質を証《あか》しするものにあらずして、極めて卑き、動物らしき性質をあらはすものに外ならず。
歴史はあやしき事実をあかしす、各国共に復讐を重んじたる時代あること是なり、「忠臣蔵」のはなしは最早世界にかくれなきものとなれり。いづれの国にも復讐なるものが何とはなく唯だ重んずべきものとなり居たること、吾人の能く知るところなり。復讐の親族に決闘あり、決闘の兄弟に暗殺あり。暗殺は卑怯《ひけふ》なりとして賤《いやし》められ、決闘は快事として重んぜらる、而して復讐なるものは尤も多く人に称せらる。人間何ぞ斯の如く奇怪なる。
維新の革命は、公けの復讐に最後を告げたり。法律の進歩は各自勝手の復讐を変じて、社界の復讐となせり。吾人は法律家として斯く言ふにあらず、歴史の観察より斯く言ふなり。斯の如く法律の進歩と復讐の実行とは相|背戻《はいれい》せり。吾人は復讐なるものを以て、受けたる害に対して返へすべき害なりと思へり。而して人間
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