ぐら》に急ぐ烏《からす》の声、
兎《と》は言へ其形……想像の外《ほか》には曽《か》つて見ざりし。
ひと宵《よい》余は早くより木の枕を
窓下《そうか》に推《お》し当て、眠りの神を
祈れども、まだこの疲れたる脳は安《やすま》らず、
 半分《なかば》眠り――且つ死し、なほ半分は
生きてあり、――とは願はぬものを。
突如窓《まど》を叩《たた》いて余が霊を呼ぶ者あり
あやにく余は過《すぎ》にし花嫁を思出《おもいいで》たり、
弱き腰を引立て、窓に飛上らんと企てしに、
こは如何に! 何者……余が顔を撃《うち》たり!
計らざりき、幾年月の久しきに、
始めて世界の生物《せいぶつ》が見舞ひ来れり。
彼は獄舎の中を狭しと思はず、
梁《はり》の上梁の下俯仰《ふぎよう》自由に羽《は》を伸ばす、
能《よ》き友なりや、こは太陽に嫌はれし蝙蝠《こうもり》、
我《わが》無聊《ぶりよう》を訪《たずね》来れり、獄舎の中を厭《いと》はず、
想《おも》ひ見る! 此は我花嫁の化身《けしん》ならずや
嗚呼約せし事望みし事は遂に来らず、
忌《いま》はしき形を仮《か》りて、我を慕ひ来《く》るとは!
ても可憐《あわれ》な! 余は蝙蝠を去らしめず。

   第十二
余には穢《きた》なき衣類のみなれば、
是を脱ぎ、蝙蝠《こうもり》に投げ与ふれば、
彼は喜びて衣類と共に床《ゆか》に落《おち》たり、
余ははひ寄りて是を抑《おさ》ゆれば、
蝙蝠は泣けり、サモ悲しき声にて、
何《な》ぜなれば、彼はなほ自由を持つ身なれば、
恐るゝな! 捕ふる人は自由を失ひたれ、
卿《おんみ》を捕ふるに……野心は絶えて無ければ。
嗚呼! 是《こ》は一の蝙蝠!
余が花嫁は斯《かか》る悪《に》くき顔にては!
左《さ》れど余は彼を逃げ去らしめず、
何《な》ぜ……此生物は余が友となり得れば、
好し……暫時《しばし》獄中に留め置かんに、
左れど如何にせん? 彼を留め置くには?
吾に力なきか、此一獣を留置くにさへ?
傷《いた》ましや! なほ自由あり、此獣《けもの》には。
   余は彼を放ちやれり、
   自由の獣……彼は喜んで、
   疾《と》く獄窓を逃げ出たり。

[#以下、「次ぎの…」から「…困ります。」までは罫線囲み]
次ぎの画《え》は甚しき失策でありました、是れでも著名なる画家と熱心なる彫刻師との手に成りたる者です。野辺の夕景色としか見えませぬが、獄舎
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