。草薙《くさなぎ》の剣《つるぎ》は能く見ゆる野火を薙ぎ尽したりと雖《いへども》、見えざる銃鎗は、よもや薙ぎ尽せまじ。英雄をして剣を揮はしむるは、見る可き敵に当ればなり、文章をして京山もしくは山陽の如く世を益するが為めと、人世に相渉らしむるが為に戦はしむるは、見るべき実(即ち敵)に当らしむるが為なり。然れども空の空なる銃鎗を迎へて戦ふには、空の空なる銃鎗を以てせざるべからず、茲《こゝ》に於て霊の剣を鋳るの必要あるなり。
 自然は吾人に服従を命ずるものなり、「力」としての自然は、吾人を暴圧することを憚《はゞか》らざるものなり、「誘惑」を向け、「慾情」を向け、「空想」を向け、吾人をして殆ど孤城落日の地位に立たしむるを好むものなり、而して吾人は或る度までは必らず服従せざるべからざる「運命」、然り、悲しき「運命」に包まれてあるなり。項羽は能く虞美人《ぐびじん》に別るゝことを得たれども、吾人は此の悲しき「運命」と一刻も相別るゝを得ざるものなり。然れども自然は吾人をして「失望落魄」の極、遂に甘んじて自然の力に服従し了するまでに、吾人を困窘《こんきん》せしめざるなり。爰《こゝ》に活路あり、活路は必らず
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