渉るが故に人生を離るゝ事も亦た速《すみやか》ならんとす。源頼朝は能く撃てり、然れども其の撃ちたるところは速かに去れり、彼は一個の大戦士なれども、彼の戦塲は実に限ある戦塲にてありし、西行も能く撃てり、シヱクスピーアも能く撃てり、ウオーヅオルスも能く撃てり、曲亭馬琴も能く撃てり、是等の諸輩も大戦士なり、而して前者と相異なる所以は前者の如く直接の敵[#「直接の敵」に傍点]を目掛けて限ある戦塲[#「限ある戦塲」に傍点]に戦はず、換言すれば天地の限なきミステリーを目掛けて撃ちたるが故に、愛山生には空の空を撃ちたりと言はれんも、空の空の空を撃ちて、星にまで達せんとせしにあるのみ。行《ゆ》いて頼朝の墓を鎌倉山に開きて見よ、彼が言はんと欲するところ何事ぞ。来りて西行の姿を「山家集《さんかしふ》」の上に見よ。孰《いづ》れか能く言ひ、執れか能く言はざる。
 然れども、文士は世を益せざるべからず、西行馬琴の徒が益したるところ何物ぞと、斯く愛山生は問はむか。
 文学のユチリチー論、今日に始まりたるにあらず、吾等の先祖に勧善懲悪説あり、吾等の同時代に平民的批評家としての活用論者を、愛山生に得たるも故なきにあらず
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