ざりしなり。爰に於て彼は実[#「実」に白丸傍点]を撃つの手を息《やす》めて、空[#「空」に白丸傍点]を撃たんと悶《もが》きはじめたるなり。彼は池の一側に立ちて、池の一小部分を睨《にら》むに甘んぜず、徐々として歩みはじめたり。池の周辺を一めぐりせり。一めぐりにては池の全面を睨むに足らざるを知りて、再回せり。再回は池の全面を睨むに足りしかど、池の底までを睨らむことを得ざりしが故に、更に三回めぐりたり、四回めぐりたり、而して終《つひ》によもすがらめぐりたり。池は即ち実[#「実」に白丸傍点]なり。而して彼が池を睨みたるは、暗中に水を打つ小児の業に同じからずして、何物をか池に写して睨みたるなり。何物をか池に打ち入れて睨みたるなり。何物にか池を照さしめて睨みたるなり。睨みたりとは、視《み》る仕方の当初[#「当初」に白丸傍点]を指して言ひ得る言葉なり。視る仕方の後を言ふ言葉は Annihilation の外なかるべし。彼は実を忘れたるなり、彼は人間を離れたるなり、彼は肉を脱したるなり。実を忘れ、肉を脱し、人間を離れて、何処にか去れる。杜鵑《とけん》の行衛《ゆくゑ》は、問ふことを止めよ、天涯高く飛び去
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