乱したる後に彼は新生の極致を得て、全く向前《かうぜん》の生命と異なるものとなるなり。
彼はこの際に於て天地の実《じつ》を覚知せり。「死」、彼に於て何の恐るゝところなく、生、彼に於いて何の意味あるかを知らしめず、茫々たる天地、有にもなく無にもなきに似たる有様にありしものが、始めて「死」といふ実を見たり。死は永遠の死にして、再見の機あらざるべき実を知りたり。無常彼に迫りて、無常の実を示し、離苦彼を囲みて、離苦の実を表はし、恋愛その偽装を脱して、恋愛の実を顕はし、痴情その実躰を現じ、大悪その真状を露はし、彼をして棘然《きよくぜん》として顛倒せしめ、然《しか》る後《のち》に彼をして始めて己れの存立の実なると天地万有の実なるとを覚知せしめたり。而して彼をして天地神明に対して、極めて真面目なるものとならしめたり。
彼はこの際に於て、恋愛の至道と妄愛の不義とを悟れり。曩《さき》に愛慕したるもの真《まこと》の愛慕にあらず、動物的慾愛に過《すぐ》るところあらざりし。然《さ》れども事の茲《こゝ》に至りて、始めて妄執の妄執たるを達破し、妄愛の纏※[#「夕/寅」、第4水準2−5−29]《てんいん》したるを
前へ
次へ
全14ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング