頓脱し、恋愛の方向一転して、皮膚の愛慕を転じて内部精神の美に対する高妙なる愛慕を興発せり。この愛慕は一の目的物に聚《あつま》りて、而して四散せり、四散せるもの再《ま》た聚りて或一物の上に凝れり、彼の以後の生涯、是を証するを見るべし。
最後に彼は此際に於て仏智を得たり。彼は無慚、無愧、無苦、無憂にして、百煩悩の繁擁《はんよう》するところとなりて、自《みづか》ら知ること能はざりしなり。然《しか》るに発露刀一たび彼の心機を断截《だんせつ》するや、彼は自ら依怙《いこ》するところを喪《うしな》ひたり、仏智はこの一瞬間に彼の中《うち》に入り、彼をして照明の心鏡に対せしめ、慚愧苦憂、輾転煩悶せしめ、然る後に自己を寄するところを知らしめたり。
凡《およ》そ傲逸彼の如きは、乱世にありて一仏徒として終ること能はざるところなり、然るに彼をして遂に剣鎗に杖《つゑつ》かずして、経典に倚《よ》らしめたるもの、抑《そも》いかなる鬼物の神力ならむ。他《ほか》ならず、この一瞬時の発露刀なり、心機妙変なり。剛健彼の如く、執着彼の如く、驕慢彼の如く、血性彼の如きものをして、志の壮偉なる事は全盛の平家を倒して孤島飄落の人
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