を起す程にありて、而して胸中一物の希《ねが》ふところなく、単《た》だ一寺の建立を願欲せしむるに過ぎざりしもの、抑も奈何《いかん》の故ある。曰く彼時《かのとき》の変化なり。熱烈の舌一世を罵り、勇猛の気英雄を呑み、豪快天地を嘲るが如き挙動を為しながら、別に一片の真率無慾なるところ、専念|回向《ゑかう》するところ、瞑目静思する処ろ、殆数個の人あるが如き観あるもの、何ぞや。曰く、彼時《かのとき》の発心なり、彼時の心機妙変なり。彼時に得たるものが深く胸奥に印して、抹除すること能はざればなり。噫《あゝ》この、ある意味に於ての荒法師が、筐中《きやうちゆう》常に彼可憐の貞女の遺魂を納めて、その重荷を取り去ることを得ざりしと、懸瀑に難行して、胸中の苦熱|鎖《とざ》し難き痛悩とは、豈《あに》生悟《なまざと》りの聖僧の能く味ふを得るところならんや。
 冷淡にして熱血ある好漢、遂に半悟の人とならず、能く自家の弱性を暴露し、罪業を懺悔《ざんげ》せり。然り、彼の一生は事業の一生にあらずして、懺悔の一生なり、彼を以て改革家なりと評する如きは、蛇尾を見て蛇頭を見ざるの論なり。
 文覚が袈裟を害したるは実に彼の心機を開
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