流客を追ひ回《か》へすことあるは。人間界の心池の中に霊活なる動物の、心機妙転の瞬時の変化も、或は蓮花開発に似たるところあり。
 風静かに気沈み万籟《ばんらい》黙寂たるの時に、急卒一響、神装を凝《こ》らして眼前《めのまへ》に亢立《かうりつ》するは蓮仙なり、何の促すところなく、何の襲ふところなく、悠然泥上に佇立《ちよりつ》する花蕾の、一瞬時に化躰して神韻高趣の佳人となるは、驚奇なり、然《しか》り驚奇なり、極めて普通なる驚奇なり、もし花なく変化なきの国あらば、之を絶代の奇事と曰はむ。絶代の奇事にして奇事ならざるもの、自然の妙力が世眼に慣れて悟性を鈍くしたるの結果とや言はむ。
 人間の心機に関して深く観察する時は、この普通なる驚奇の変化最も多く、各人の歴史に存するを見る。然りこの変化の尤も多くして尤も隠れ、尤も急にして尤も不可見《みるべからざる》のもの、他の自然界の物に比すべくもあらざるものあるは、人生の霊活を信ずるものゝ苟《いやし》くも首肯《しゆこう》せざるはなきところなり。悪を悪なりとし、善を善なりとし、不徳を不徳とし、非行を非行とするは、俗眼だも過《あやま》つことなきなり、但《たゞ》夫れ
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