或は猖狂《しやうきやう》、或は枯寂、猖狂は猖狂の苦味あり、枯寂は枯寂の悲蓼《ひれう》あり、魚躍り鳶舞ふを見れば聊《いさゝ》か心を無心の境に駆ることを得、雨そぼち風吹きさそふにあひては、忽《たちま》ち現身《げんしん》の心に還る、自然は我を弄するに似て弄せざるを感得すれば、虚も無く実もなし。

     其五

 世にありがたき至宝は涙なるべし。涙なくては情《じやう》もなかるらむ。涙なくては誠もなかるらむ。狂ひに狂ひしバイロンには涙も細繩ほどの役にも立ざりしなるべけれど、世間おほかたのものを繋ぎ止むるはこの宝なるべし。遠く行く情人の足を蹈み止《とゞ》まらすもの、猛く勇む雄士《ますらを》の心を弱くするもの、情|差《たが》ひ歓《よろこび》薄らぎたる間柄を緊《し》め固うするもの、涙の外《ほか》には求めがたし。人世涙あるは原頭に水あるが如し。世間もし涙を神聖に守るの技《わざ》に長《た》けたる人を挙げて主宰とすることあらば、甚《いた》く悲しきことは跡を絶つに幾《ちか》からんか。

     其六

「※[#「鹿/(鹿+鹿)」、第3水準1−94−76]《あら》く斫《き》られたる石にも神の定めたる運あり
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