む。「無心」を傭《やと》ひ来つて、悲みをも、歓びをも、同じ意界に放ちやりてこそ、まことの楽《たのしみ》は来《きた》るなれ。
其二
早暁臥床を出でゝ、心は寤寐《ごび》の間に醒め、意《おも》ひは意無意《いむい》の際にある時、一鳥の弄声を聴けば、忽《こつ》として我《わ》れ天涯に遊び、忽として我塵界に落るの感あり。我に返りて後《のち》其声を味へば、凡常の野雀のみ、然るも我が得たる幽趣は地に就《つ》けるものならず。爰に於て私《ひそか》に思ふは、感応は我を主として、他を主とせざるを。
其三
人間の心中に大文章あり、筆を把《と》り机に対する時に於てよりも、静黙冥坐する時に於て、燦爛《さんらん》たる光妙ある事多し。心中の文章より心外の文章を綴るは善し、心外の文章を以て心中の文章を装はんとするは、文字の賊なるべし。古《いにし》へより卓犖《たくらく》不覊《ふき》の士、往々にして文章を事とするを喜ばず、文字の賊とならんより心中の文章に甘んじたればならむ。
其四
身心を放ちて冥然として天造に任《にん》ぜんか、身心を収めて凝然として寂定《じやくぢやう》に帰せんか、
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