は迎へ入れられしが、老畸人の面《おもて》を見ず、之を問へば八王子にありと言ふ、八王子ならば車を駆つて過《よ》ぎり来《き》しものを、この時われは呆然として為すところを知らず。
埋火《うづみび》をかき起して炉辺《ろへん》再びにぎはしく、少婦は我と車夫との為に新飯を炊《かし》ぎ、老婆は寝衣《しんい》のまゝに我が傍にありて、一枚の渋団扇《しぶうちは》に清風をあほりつゝ、我が七年の浮沈を問へり。ふところに収めたる当世風の花簪《はなかんざし》、一世一代の見立《みたて》にて、安物ながらも江戸の土産《みやげ》と、汗を拭きふき銀座の店にて購《か》ひたるものを取出して、昔日《むかし》の少娘《こむすめ》のその時五六歳なりしものゝ名を呼べば、早や寝床に入れりと言ふ、枉《ま》げてその顔見せてよと乞へば、やがて出で来りて一礼す。驚かるゝまでに変りて、その名にしれし年の数もかさなりて、今は十三歳と聞けばなつかしき山百合《やまゆり》の、いま幾年《いくとせ》たゝば人目にかゝらむなど戯れける中《うち》に、老婆は他《ほか》の小娘の、むかしの少娘のとしばへなるものを抱《いだ》き来りて我を驚ろかせぬ。その名をぬひと呼ぶと聞き
前へ
次へ
全19ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
北村 透谷 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング