一二の同盟と共に世塵を避けて、一切物外の人とならんと企てき。今にして思へば政海の波浪は自《おのづ》から高く自から卑《ひく》く、虚名を貪り俗情に蹤《お》はるゝの人には棹《さを》を役《つか》ひ、橈《かい》を用ゆるのおもしろみあるべきも、わが如く一片の頑骨に動止を制し能はざるものゝ漂ふべきところならず。然《さ》れども我は実にこの波浪に漂蕩《へうたう》して、悲憤慷慨の壮士と共に我が血涙を絞りたりしなり。醜悪なる社界を罵蹴して一蹶《いつけつ》青山に入り、怪しげなる草廬《さうろ》を結びて、空しく俗骨をして畸人の名に敬して心には遠《とほざ》けしめたるなり。この時に我が為めにこの幻境を備へ、わが為にこの幻境の同住をなせしものは、相州の一孤客大矢蒼海なり。
はじめてこの幻境に入りし時、蒼海は一田家に寄寓せり、再び往きし時に、彼は一畸人の家に寓せり、我を駐《とゞ》めて共に居らしめ、我を酔はしむるに濁酒あり、我を歌はしむるに破琴《やぶれごと》あり、縦《ほしいまゝ》に我を泣かしめ、縦に我を笑はしめ、我《わが》素性《そせい》を枉《ま》げしめず、我をして我疎狂を知るは独り彼のみ、との歎を発せしめぬ。おもむろに庭
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