《くさみち》をたどり、我幻境にかへりけり、この時弦月漸く明らかに、妙想胸に躍り、歩々天外に入るかと覚えたり。
楼上には我を待つ畸人あり、楼下には晩餐《ばんさん》の用意にいそがしき老母あり、弦月は我幻境を照らして朦朧《もうろう》たる好風景、得《え》も言はれず。階を登れば老侠客|莞爾《くわんじ》として我を迎へ、相見て未だ一語を交《か》はさゞるに、満堂一種の清気|盈《み》てり。相見ざる事七年、相見る時に驟《には》かに口を開き難し、斯般《このはん》の趣味、人に語り易からず。始めは問答多からず、相対して相笑ふのみなりしが、漸く談じ漸く語りて、我は別後の苦戦を説き起しぬ。
この過去の七年、我が為には一種の牢獄にてありしなり。我は友を持つこと多からざりしに、その友は国事の罪をもつて我を離れ、我も亦た孤※[#「煢−冖」、第4水準2−79−80]《こけい》為すところを失ひて、浮世の迷巷に蹈み迷ひけり。大俗の大雅に双《くら》ぶべきや否やは知らねど、我は憤慨のあまりに書を売り筆を折りて、大俗をもつて一生を送らんと思ひ定めたりし事あり、一転して再び大雅を修めんとしたる時に、産破れ、家|廃《すた》れて、我が
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