ふ。夐《はるか》に濤声を聴くは楽を奏するを疑ひ、仰いで天上を視れば画を展《の》ぶるが如し。歩々人境を離れて天景に赴く、人間《じんかん》この味あり、曷《いづく》んぞ促々《そく/\》として功名の奴とならむ。

     其八 憶友

 都を出る時、友ありて病に臥す。彼は堅実の一学生、学成りて躰|茲《こゝ》に弱し、病を得て数月未だ愈《い》ゆるに及ばず、痩癈《そうはい》せば遂に如何《いかん》。われ尤も之を憶ふ。
 都を出る時、遠く西方に旅する友と約するあり、東海道の某地を卜して相会見せんとす、期する日は明後、彼は西より来り、我は東よりせん、相見る時、情|奈何《いかん》。われ尤も之を憶ふ。
 之を憶ふに、一は悲しく、一は楽し、「悲楽」本来何者ぞ。縦《ほしいまゝ》に我が心胸に鑿入《さくにふ》して、わが「意志」の命を仰がず。

     其九 晩食

 詩客元来淡菜を愛す。酢味糟《すみそ》あらば、と吟じたる俳客の意、自から分明なり。爰《こゝ》に鮮魚あり、又た鮮蔬《せんそ》あり、都城の豊肉何ぞ思ひ願ふことを要せむ。市ヶ谷の詩人、今如何。「三籟」紙面の趣味、之を此の清淡に比して如何。

     其十 
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