ろく、鬼にやあらむ人にやあらむ、と思ふばかり、身はわな/\とふるひて、振り離さん程の力もなくなれり。やうやく気を沈めて其人の態《さま》をつく/″\打ち眺むれば、まがふ方《かた》なき狂女なり。さては鬼にもあらずと心|稍々《やゝ》安堵したれば、何故《なにゆゑ》にわれを留《と》むるやと問ひしに、唯ださめ/″\と泣くのみなり。再三再四問ひたる後《のち》に、答へて曰《い》ふやう、妾《わらは》は今宵この山のうしろまで行かねばならずと。何用あつて行くやと問ひければ、そこにて児を殺したる事あれば、こよひは我も共に死なむと思ひてなり。この言《ことば》を聞きて、さては前日の児殺《こころし》よなと心付きたれば、更に気味あしく、いかにもして振離して逃げんとすれど、狂女の力常の女の腕《かひな》にあらず、しばしがほどは或は賺《すか》しつ或はなだめつ、得意客は待ちあぐみてあらむに、いかにせばやと案じわづらふばかりなり。いかに言ふとも一向に聞き入れず、死なねば済まずとのみ言ひ募りて、捕へし袖を挽《ひ》きて、吾を彼の山中に連れ行んとす。もし愈々《いよ/\》死なむとならば独り行きても宜《よ》からずやと言へば、ひとりにては
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