鉄塀は比《ひと》しく彼女をも我より離隔して、雁《かり》の通ふべき空もなし、夢てふもの世にたのむべきものならば、我は彼女と相談《あひかた》る時なきにあらず、然れどもその夢もはかなや、始めに我をたばかりて、後《のち》にはおそろしき悪蛇の我を巻きしむるに終る事多し。眠りを甘《うま》きものと昔しの人は言ひけれど、我は眠りの中《うち》に熱汗に浴することあり。或時は、我手して露の玉に湿《うるほ》ふ花の頭《かしら》をうち破る夢を見、又た或時は、春に後《おく》れて孤飛する雌蝶の羽がひを我が杖の先にて打ち落す事もあり、かつて暴《あ》らかりしものを、彼女に会ひてより和らげられし我が心も、度々の夢に虎伏す野に迷ひ、獅子|吼《ほ》ゆる洞《ほら》に投げられしより、再び暴《あ》れに暴れて我ながらあさましき心となれり。眠りはしかく我に頼めなき者となりしかど、もし現《うつゝ》の味気なきに較ぶれば、斯かるゝ丈も慰めらるゝひまあるなり。
現《うつゝ》に於ける我が悲恋は、雪風|凛々《りん/\》たる冬の野に葉落ち枝折れたる枯木のひとり立つよりも、激しかるべし。然り、我は已《す》でに冬の寒さに慣れたり、慣れしと云ふにはあらね
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