が出生を尋ぬれば、千八百二十八年のことなりしとぞ。貴族の栄華は、彼をして虚《むな》しき世のものをあさりめぐるの外《ほか》に楽しみとてはあらずと、思はしめにき。爵位の如き、娯楽の如き、学芸文事|悉《こと/″\》く一たびは彼を迷はせしことあれども、遂《つひ》に彼を奴僕となせるものあらざりき。人生彼に向つて常に暗惻たり、何の為に、何の故に、人は世に生息するやと疑ひ惑ひつゝ、月日を暮らす事多かりき。人生は神が玩弄《ぐわんろう》する為に製作したる諧謔《かいぎやく》にあらずやとは、彼がその頃胸間に往来しける迷想なりき。彼は世を教へんとて、世を救はんとて著作をなせり、然れども著作の真意すでに誤りたれば、世の人はさておき、己れを安《やす》むるの効《かう》もあらず。彼は悲しめり、然り、彼は迷想の極にのぼりて、今は自殺の外に、万事を決し疑惑を解くものあらずなりぬ。然れども伯は※[#「門<言」、第4水準2−88−64]冥《ぎんめい》なる迷想の中《うち》より、生活の一|秘鑰《ひやく》を覚りはじめたり。「神よ爾《なんぢ》は我等を爾の為に造りたまへり、故に我等は爾を得るまでは我等の心に安みを得る能はず」と言へりし
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