佐太夫と、霜頭疎歯の老翁に侍せし佐太夫と全く別人の如くなりしも、作者の意匠の写実的ならず、一女性の境遇を真直に写すにあらずして、寧ろ主観的に斯の如き女豪傑ありたらば面白しと理想したる結果なりけむ。
 理想の女豪なる佐太夫は如何なる特美をか有する。曰く、粋七分侠三分なり。粋は遊廓内の大菩薩なり、いにしへより元禄派の文士の本尊仏は則ち是なり。侠も亦《ま》た遊廓内に何権理《なにけんり》とか名の付く可き者なり。而して紅葉は実に如是《かくのごとき》妙法の功力を説法せんとの意ありしや否やは兎《と》に角《かく》、佐太夫なる人物は宛然たる粋の女王なり。紅葉の説明せんと企てたるは、粋の粋の其奥に入りたる玄妙不思議なるところは如何なる可き、といふ問題にてやあらむ。
 佐太夫は天晴《あつぱれ》、粋の女王なり。然れども余は佐太夫を得て、明治文学の為に泣かざるを得ず。明治文学をして再び元禄文学の如くに、遊廓内の理想に屈従せしむるの恥辱を受けしめんとするを悲しまざるを得ず。黄表紙も可なり、道行も可なり、其形式を保存するは尚《な》ほ忍ぶ可し、想膸を学び、理想を習ふに至つては、余輩明治文学を思ふ者をして、転《うたゝ》
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