枕」を読みたらむ人は必らず、佐太夫なる魔女の終始一回も盲目的恋愛に陥らざるを認むるなる可し。十五にして苦海に堕《お》ち、それより浮沈隆替の跡は種々に異なれども、要するに色を売る歴史のみにして、恋を談ずる者にあらず。作者が霜頭翁のみを撰みて渠《かれ》に配せしも、恐らくは渠をして没恋愛修行を為さしめんとの心にてやあるべし。三枚橋辺にて高貴の内政たる異母姉に面したる時の感慨は女性らしき思想を一変して、あはれわれも女に生れ出《いで》たる上は、三千世界の遊冶郎《いうやらう》を蕩《とろ》かし尽さんとの大勇猛を起さしめたり。
女性はどこまでも女性らしく写すを可とす、どこまでも自然に応《かな》ふを以て写実主義の本色とすなる可し。若し強《しひ》て女性を男子らしくし、女性にあるまじき大勇猛を起さしめ、然も一点己れの本心を着けず、売色といふことのみの大技倆を以て、一種の女豪傑を写さんとするは、むかし元禄時代の河原|乞児《こじき》がべらんめい言葉の景時に※[#「にんべん+分」、第3水準1−14−9]《ふん》し、後紐《うしろひも》位にて忠義の為に割腹するなどの不自然と同一轍に陥る可し。江戸の色海に沈みてよりの
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