は然あらんかなれども、其想に至りては却《かへつ》て元禄を学ぶこと前の著述よりも多きに似たるを怪しむ。「伽羅枕」が紅葉の「一代女」にして、公けに元禄を代表する事、批評家既に言へり。われ二大家を以て元禄作家の摸擬者と貶する者ならず、別に天真の詩才ありて存すること我が深く二大家に信ずる所なるが、可惜《をしむべし》、此二書の世に出たるより、余をしてかねて元禄文学に面白からずと思ひしところを、此二書を通じて訴へ出づるの止むを得ざるに至らしめぬ。
 そも元禄文学の軽佻《けいてう》なるは其章句の不覊《ふき》放逸なるが故のみならずして、其想膸の軽佻なるが故なり。謡曲時代の幽玄なる思想を見ざるのみならず、優美高妙なる精神を失ひたるのみならず、遊廓内に成長したるのみならず、是等の者を外《よそ》にしても、元禄文学が大に我邦《わがくに》文学に罪を造りたる者あり、其《そ》を如何《いか》にと言ふに、恋愛を其自然なる地位より退けたる事、即ち是なり。恋愛なる者は人生の秘機を説明すべき妖女にして、恋愛を除きたる暁には恐らく美術も文学も価なき珠となり果《は》つべけん、彼《か》の軽佻なる元禄文学は遊廓内の理想家とも言つべき
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