本を源吉の側にもつて行つた。「こんだこの犬が仇討をするんだべか。――」
「母《ちゝ》、ドザ(紺で、絲で刺した着物)ば仕度してけれや。」
「よオ、兄、この犬きつと強《つ》えどう。隣の庄、この犬、狼んか弱いんだつてきかねえんだ。嘘だなあ、兄。」
「これで二ヶ月も三ヶ月も魚ば喰つたことねえべよ、母《ちゝ》。――馬鹿にしてる!」源吉はこはい聲を出した。
「んだつて、オツかねえ眞似までして……。」
「馬鹿こけや!」
 母親は獨言のやうに何かぶつ/\云つた。
「さあ、まんま[#「まんま」に傍点]くべ。」
 母親は焚火の上にかけてある鍋から、菜葉の味噌汁を皆に盛つて出した。「ん、お文もやめにして、まんまだ。」
 由は、兄の眞似をするのが好きだつた。なるべく大きく安坐《あぐら》をかき、それから肱を張つて、飯を食ふ――時々、兄の方を見ながら、自分の恰好を直した。
「なア、兄、犬と狼とどつちが強えんだ。犬だなあ。」
「だまつて、さつさとけづかれ。」
 せき[#「せき」に傍点]が、芋と小豆の交つた熱い粥をフウ/\吹きながら、叱つた。鼻水を何度も忙しくすゝり上げた。
 由は一杯の粥を食つてしまふと、箸で茶碗を
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