「ちらし」に傍点]を子供達にくれて、いくら要らないと云つても、上り端に腰を下して動かなかつた。そして藥袋を置いて行つた。由は馬のちらしを大切に持つてゐて、暇があると、それを寫してゐた。
百姓達はそれでもとにかく、馬を仕立てゝ、停車場のある町に出掛けて行つて、味噌や醤油や、その他の入用なものを買つてきた。その頃は、停車場前の荒物屋の店先にある電信柱には、百姓の荷馬車が何臺もつながれてゐた。牝馬が多かつた。たまに牡馬が通ると、いなゝきながら、暴れた。すると、荒物屋の中から、醉拂つた顏の赤い百姓が飛び出してきて、牝馬を側の方へ引張つて行つた。荒物屋では土間に二つ三つ椅子があつて、そこへ腰をかけて、百姓が氷水を飮むコツプに冷酒をついで、干魚をさきながら、飮んでゐた。
百姓のうちでは、こゝで醉ひつぶれてしまふものがあつた。
「俺アなんぼ醉拂つたつて、あいつ[#「あいつ」に傍点]がみんなおべでる。」
そして、店の小僧にだかれて、味噌や醤油樽と一緒に、荷馬車に、まるで荷物のやうにつまれた。つみ込まれたまゝで、昔若い時に覺えた歌をうたひながら、いゝ機嫌になつてゐると、馬はひとりで、もと來た道を、
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