えた。その廣大な平原一面が暗くなつて、折り重なつた雲がどん/\流れてゐた。
暗くなつてから、源吉は兩手で着物の前についたゴミを拂ひ落しながら家の中に入つてきた。由はランプの下に腹這ひになつて、二、三枚位しかくつついてゐない繪本の雜誌をあつちこつちひつくりかへして見てゐた。
「姉《ねね》、ここば讀んでけれや。」
由がさう云つて、爐邊で足袋を刺してゐた姉の袖を引つ張つた。
「馬鹿!」姉は自分の指を口にもつて行つて、吸つた。「馬鹿、針ば手にさしてしまつたんでないか。」
「なあ、姉《ねね》、この犬どうなるんだ。」
「姉《ねね》に分らなえよ。」
「よオ、――」
「うるさいつて。」
「んだら、いたづらするど。」
源吉が上り端で足を洗ひながら、お文に、
「吉村の勝|居《え》たか?」ときいた。
お文は顏をあげて兄の方を見たが、一寸だまつた。「何《なん》しただ?」
源吉も次を云はなかつた。
「居《え》だつたよ。」それからお文がさう云つた。
「んか……何んか云つてながつたか。」
「何んも。」
「何んも? ……今晩どこさも行くつて云つてなかつたべ。」
「知らない。」
源吉は上に上ると、爐邊に安
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