12−11]りながら、もう一度「兄――」と呼んだ。源吉は裏の入口の側で茶色のした[#「した」に傍点]網を直してゐた。きまつた間隔を置いておもり[#「おもり」に傍点]を網につけてゐた。
「兄、じえんこ[#「じえんこ」に傍点]――油ば貰つてくるんだ。」
源吉はだまつて、腰のポケツトから十錢一枚出して渡した。由は一寸立ち止つて、兄のしてゐることを見てゐた。
「兄、あのなあ道廳の人《しと》來てるツて、入江の房|云《え》つてたど。」
「何時《えつ》。」
「さつき、學校でよ。」
「何處さ泊つてるんだ?」
「知《す》らない。――」
「馬鹿。」源吉は一寸身體をゆすつた。
「房どこで、んだから、網かくしたツて云《え》つてだど。――兄、こゝさ道廳の人でも來てみれ、これだど。」由は、後に手を※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はしてみせた。
「――馬鹿。――行《え》け、行《え》け!」
由が行つてしまふと、源吉は、獨りでにやりと笑つた。それから幅の廣い、厚い肩をゆすつて笑つた。
日が暮れ出すと、風が少し強くなつてきた。そして寒くなつてきた。一寸眼さへ上げれば、限りなく廣がつてゐる平原と、地平線が見
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