ツ! 兄、足さかじる[#「かじる」に傍点]ど。」
「馬鹿。」
 母親が、薄暗い臺所から、「由、祭りさ行《え》げ!」と怒鳴つた。
 源吉は、面白がつて、由を足であやしてゐるうちに、足が留守になり勝ちになつて行つた。由が、それで、自分が勝ちさうになつたので、一層勢ひづいてきた。源吉は、昨年のお祭りのときを思ひ出した。自分の想つてゐたお芳が、札幌へ無斷で行つてしまつた晩だつたことを思つた。源吉は、そのことがあつてから、もつと、むつしり[#「むつしり」に傍点]してきた。
「やア――、兄、まけた、負けた!」
 由が源吉の足をとう/\倒して、疊につけてしまつた。
 源吉はひよいと自分にかへると、思はず足に力を入れ過ぎて跳ねかへした。はずみ[#「はずみ」に傍点]を食つて由はとばされて、爐邊につんである木に頭を打《ぶ》つけた。由は、ことさらに大きな聲を出して泣き出した。「兄、ずるいど、兄ずるい、ずるい!」
 源吉は苦笑しながら、大きな掌で、由の頭をなでゝやつた。
「堅え頭してる。こゝか? ――えゝか、おまじないしてやるど。フエントカフエカシコラミヨノダイミヨウジン。」源吉は何度もそれを繰りかへして、由
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