たとき、源吉は反動でよろめきながら着物の袖で顏中の汗をふいた。
「仕事さかゝる前、ちよつと、上さ行《え》つて、見張つてゝくれ。」さう源吉が、勝に云ふと、彼は、網の中を探がして、丁度野球に使ふバツトとそつくり同じやうな棍棒を出して渡した。勝は、それをめづらしさうに受取つて、苦笑した。
「凄いなア。」
 それを、何か玩具のやうにいぢりながら、砂の崖になつてゐる處をよぢ上り始めた。源吉はその後から、網の端の、ロープをもつて上つた。二人は平地の上に頭だけを出して、まづ、一度用心深く見※[#「廴+囘」、第4水準2−12−11]はしてみた。眞暗でよくは分らなかつた。風がずウと遠くを渡つてゐた。――そしてそれが移つてゆく工合が、はつきり分つた。空は地面と區別が出來なかつた。横なぐりに降つてゐる雨が、時々ひよいと眼の前に白く光つてみえた。
「こつたらどき役人くるけア。」
 源吉は、勝を立たして置いて、前から、それと決めてゐた樹の幹に、そのロープを卷きつけた。幹は雨でヌラ/\してゐて、源吉が力一杯に結ぶと、樹皮がボロ/\にはげて落ちた。しつかり結び終ると、今度は、兩手を幹にかけて、足場をふみならして、力
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