が見えなくなつた。
「オ、勝、あのなア、お前こつち側を見て、誰か人がゐたら知らせれ。」
さう云ふと、源吉はそれと反對側を見守つた。
十分程下つた。二日も雨が降つたので、水量が五寸位も高くなつて、流れも早くなつてゐた。やがて、石狩川が大きく、ゆるやかにカーブしてゐるところへ來た。すると、源吉は櫂をとりあげて、その可成り強い水流にさからつて、舟を岸につけようとした。勝も櫓をとると、さうした。二人が滿身の力で漕ぐ度に、小さい舟がグラツ/\とゆれた。そして、櫓が弓のやうにしのつた。それに力を入れ過ぎて、自分の力でよろめいたりした。勝は、二、三囘も不態に自分の身體の中心を失つた。舟は二人の力にも拘らず、カーブの眞中の方へ流され勝ちだつた。「ウーツ、ウーツ!」源吉は、まるで文字通り仁王立ちになつて、唸りながら、漕いだ。舟は、やがて二人の努力の千分の一位づゝ效いてきた。
「そらツ! やれツ!」
勝も身體中が汗ばんできた。
舟が、そして、川の中心を一間程切り拔けると、あと[#「あと」に傍点]は今度は、その惰勢のように、樂になつた。
「これでいゝ、これでいゝ!」
舟が砂の岸に、ズシンと乘りあげ
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