つたりしたらわや[#「わや」に傍点]だど。」
「……なんだ、おつかなくでもなつたんか。」
「…………」
「どうした?」
「あんまりよくねえ。」
「馬鹿ツ、元氣出すんだ。」
一寸した林の中に二人は入つた。梢越しに、空が見えた。雲が黒い、細い枝の上の頂上をかすめて、飛んでゆくやうに見えた。枝がゆれて、互に打ち當るそれ/″\の音が一緒になつて、變な凄味のあるうなり[#「うなり」に傍点]がしてゐた。そして半町も行かないうちに、心持眼下に、石狩川の川面が見えた。秋の末の、荒模樣の暗い夜に、その川面が、鈍い、然し、底氣味の惡い光をもつて流れてゐた。石狩川は晝でも、あまり氣持はよくなかつた。川の中央《まんなか》頃には二つも三つも、水が少しの音もたてずに渦を卷いてゐた。棒切れとか、紙屑のやうなものが流れてくる。すると、その渦卷のところで、グル/\行つたり來たりする、と、何かゞ川底にゐて、丁度ひつぱりこむやうに、その木屑などが渦卷の中に「吸ひこまれて」しまふ。それ等は晝でもいゝ氣持がしなかつた。勝は、今、眼下に、その音をせず、變んに底氣味のわるい石狩川を見た、身體が瞬間ブルンと顫はさつた。
「渡船場だ
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