。――俺んだら阿呆だなあ。」さう云ふと、勝の眼の前をふさいでゐる肩がゆるいで、笑ひ出した。「俺ア百姓ツ子だよ。」
 勝は、何んかしら、ギヨツとした。が「自慢にもならない。」さうひくゝ云つた。
「勝、お前え、芳札幌で何してるかおべでるか。」
 勝は云ひづらさうに「あんまりいゝ處でないさうだツてよ。」
「淫賣《ごけ》でもしてるべよ。」
 雨が殆どやんで、泥濘《ぬかるみ》を歩く二人の足音だけが耳についた。
「……淫賣《ごけ》になんかしたくねえよ。」
 源吉は獨言のやうに云つた。後になつてゐる勝にはよつく聞えなかつた。
 眞暗な野ツ原の夜道を三十分近くも歩いた。
「こゝから川岸に出るんだ。」
 源吉は立ち止つて、本道から小さい横道に入つた。「もう直ぐだよ。」
 畑と畑との間の細い道だつた。それで、兩側の雨にぬれてゐる草が歩く度に股引に當つた。そして股引が、すぐ氣持惡くぐぢよ/\になつてしまつた。
「さあ、氣をつけるべ。」源吉はさう云つて、背の網をゆすり上げた。「まさか、こつたら雨の日に役人もゐめえよ。」
「俺――」
「うん?」
「…………」
「何んだ?」源吉は振りかへつた。「うん?」
「つかま
前へ 次へ
全140ページ中20ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
小林 多喜二 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング