彼は歩きながら、自分のこれからしてのけようと思つてゐることを考へてゐた。源吉は何かに對して「畜生!」と獨りで云つた。彼は何べん[#「何べん」に傍点]もツバをはいた。じつ[#「じつ」に傍点]としてゐられない氣持だつた。そして、何んか、かう、自分の歩いてゐることが齒がゆくてたまらなかつた。「畜生!」道が曲つてゐた。
 そこを曲ると、二町程先きに明りが見えた。小さい窓からのランプの明りだつた。と、七、八間後の草ムラが、急にザアーと鳴つた、かと思ふと、雨が降つてきた。忽ち一面、彼の前も後も横も雨の音で包まれてしまつた。小さい窓の明りのところだけ、四角に限つて、雨脚が見えた。源吉が、その家の側に行くと、暗がりで、急に、犬ののど[#「のど」に傍点]をうならせてゐる聲をきいた。彼はひよいと思ひ出して、犬の名を、その方へ見當をつけて、ひくゝ呼んでみた。すると、それが止んで、足にもの[#「もの」に傍点]が當つた、犬が今度は彼の足にまつはりついて來たのだつた。彼は二、三度犬の名を云つた。
 雨のふる音が少し薄くなつたと思ふと、だん/\やんできた。じつとしてゐると、その雨の音が、西の方からやんできて、今では
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