。」
 急に、皆の頭の上で、毀れたやうな音をたてゝ、半鐘がすりばんでなり出した。それが空中に反響して、不氣味な凄味で、人達の背中に寒氣を起さした。
 地主の家は停車場からは離れてゐた。が、その邊は、ヂリ/\とこげる程熱くなつて、白い眩光を發しながら燃えてゐるので、消防の人や、立つて見てゐる人達の顏の皺一本、ひげ一本までもはつきり見分けがついた。
 汽車が構内に入つてくる度に、警笛を長くならした。それが何か生物の不吉な斷末魔の悲鳴のやうに聞えた。地主の家は、立派な金をかけた建物なために、俗つぽい、腐れかゝつた町の家などゝ軒を並べるのを潔ぎよしとしないとあつて、とくに町並から離して建てられてあるために、――それに風もなかつたので、他に火が延びるといふ心配はなかつた。
 消防をしてゐる人達は、あまり火足が早かつたので、家のものは全部燒け死んだんではないか、――誰も出た形跡がない、と云つてゐた。
 この前、北濱村の小作人から取上げた雜穀などの、ぎつしりつまつてゐた倉が燒け落ちるとき、皆は思はず、聲をあげた。物凄い音を立てゝ、崩れ落ちると、そこからムク/\と、火の子と惡魔のやうな煙が太ぶとしく空
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