いと思ひついたやうに、走り出した。呼吸がはげしくなると冷たい空氣で、鼻穴がキン/\してきた。一寸すると源吉は又歩いてゐた。
 夜道では誰にも會はなかつた。
「停車場のある町」の電燈の光が、ずウと前方の黒い幕のやうな闇に文字通り點々と見える所まで來たとき、フト源吉は、立ち止つた。何かにグイと立ち向ふやうな氣持の張り[#「張り」に傍点]を感じた。
 町に入ると、源吉は用心深く、本通りでなく、家の裏、裏と歩いて行つた。町の通りは誰も、もう歩いてゐるものがなかつた。大抵の家は、電燈を消してゐた。雪がつもつて馬の背のやうになつた狹いデコボコ道を、源吉は注意深く歩いて行つた。時々、戸がガラ/\ツと開いた。それが靜まり返つた平野の町に、思つたより高く響きかへつた。源吉は何度もその音でギヨツとした。

 誰か、大きな聲で叫びながら、町の通りを、周章てゝ、走つて行つた。二、三軒の家の表戸がガラ/\と開いた。
「何んだべ。」と、隣り同志が、丹前の前を抑へながら、きゝ合つた。急に町がやかましくなつた。と思ふと、
「火事だ! 火事だ!」と叫びながら、停車場の方へ、二、三人走つて行つた。
 表に立つてゐた町の人
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