れないぞ。――源吉はそんな事まで想像した。然し、何より、憎い! 畜生、待つてゐやがれツ、源吉はまだすつかりハレ[#「ハレ」に傍点]の引かない痛みの殘つてゐる頬や身體をさすりながら、叫んだ。
 その晩、源吉は、ドロツプスの罐程の石油罐に石油をつめ、それを、ボロ/\になつた座布團で包んで、外へ出た。母親には、今度皮はぎに朝里の山に入ることゝ、春の鰊場のことで、石田へ相談に行つて來る、と云つて置いた。外は星もない暗い夜だつた。雪道がカン/\に凍つてゐた。源吉は身體が、さうせまいと思つても、小刻みに顫へてゐた。ひよいとすると、獨りで齒がカチ/\と打ち當つてなつた。源吉は道を急いだ。然し、歩いてゐるといふことが、水落ち[#「水落ち」に傍点]のあたりが變にくすぐつたくなつて、じつとしてゐられない程齒がゆく思はれた。しまひに源吉は小走りに走り出してしまつた。凍つてゐた空氣が兩方に分れて、後へ流れて行つた。もうどつちを向いても何んにもない處に出てゐた。何時のまにか、源吉は普通の速さにかへつてゐた。振りかへつてみると、灯りが二つ三つ暗い原ツぱにチカ/\今にも消えさうに、頼りなく光つて見えた。源吉は又ひよ
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