宛てたものだつた。あとはいくら探がしてもない事は意外であつた。お芳は自分の關係した大學生には遺書をのこして行つてゐなかつた。それをきいたとき、源吉はぐいと心を何かに握られたやうに思つた。
 ――自分は金持を憎んで、憎んで、憎んで死ぬ。……自分は生きてゐて、その金持らに、飽きる程復讐しなければ死に切れない、さう思つたこともあつた。そして、それが本當だ、と思ふ。が、自分は女であり、(それだけなら差支へないが)女の中で一番やくざな、裏切りものである。それが出來さうもない。自分は、貴方と一緒になつてゐたら、どんなに幸福であつたか、と、今更自分のあやまつた、汚い根性を責めてゐる。――そして、最後に、自分は、札幌の大學生には、ツバをひつかけて死ぬ。と書いてあつた。
 お芳も[#「お芳も」に傍点]矢張り俺達と同じだつたんだ、――だまされるのは、何時だつて、外れツこなく俺達ばかりだ! ――源吉はさう思ふと、身體中がヂリ/\と興奮してくるのを覺えた。

      十

 源吉はいよ[#「いよ」に傍点]/\やらう、と思つた。それは警察の事件と、今度のお芳の縊死で、前にさうと考へてゐたのより、もつと根強い
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