な、そして柔味のあるものに頭を打つつけた。
「あツ!」彼はものも云はずにいきなり横つ面をなぐられた人のやうに、棒立ちになつた。提灯を土間の方ばかり照らしてゐたので、空間の半分から上は分らなかつた。三人は一かたまりになつたまゝ誰かに力一杯押しもどされたやうに、戸の外へよろ/\ツと出た。
 兄と嫂は近所の家に息を切らして走つた。そして又その家の人から他の家に知らしてもらつた。一寸して、十二、三人の村の人が集つてきた。
 源吉も來てゐた。皆口々に何か云ひながら、提灯を澤山つけて納屋に入つて行つた。
 お芳は入口の少し入つた所に、首を縊つて、下つてゐた。さつき父親が打ち當つたゝめか、ぶら下つてゐる身體が、その充分の重みをもつて空中でゆるく、その垂直の軸のまはりを、右へ左へと眼につかない程の圓轉を描いて搖れてゐた。
 各自口を抑へ、提灯だけを差しのべて見てゐた百姓達に、そのかすかに動いてゐるといふ事が不氣味さを誘つた。お芳の顏色は紫色になつて、變にゆがんでゐた。身體には藁くづが澤山ついてゐた。
 後で家の中をさがしたとき、前に書いて用意をして置いたらしい遺書が二通出てきた。一つは親、一つは源吉に
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