がうすらいでくるのを待つてゐた。色々な今までのことが考へられた。それ等がグル/\と頭の中を慌しくまはつて行つた。
 しばらく經つてから、町からお芳の兄と嫂が提灯をつけて、雪の夜道を歸つてきた。家の戸口が半開きになつたまゝ、うちには誰もゐなかつた。父親がお通夜に行つてゐたのは知つてゐた。お芳がゐる筈だつた。嫂はチエツと舌打ちすると、仕樣がないな、といふ顏をした。九時頃になつて、父親が歸つてきた。
「お芳どうした。」
「七時頃歸つたときから、居ない。」
「七時頃――」
 三人とも急に[#「急に」に傍点]不安になつた。皆は家中を探がした。それから提灯に火を入れて、三人で便所を探がしたり、うま屋を探がした。居なかつた。嫂は寒さと變な豫感から齒をカタ/\いはせながら、二人の後に身體をすりつけるやうにしてゐた。
 納屋の戸をあける時、もうそこより殘つてゐる所がないので、三人が妙に心に寒氣をゾツと感じた。戸をあけて、提灯を土間の方へ、さしのべて見た。光の輪が床に落ちた。ゐない。漬物樽や藁などが重なり合つてゐた。
「もう少し奧かな。」
 父親がさう云つて、納屋に入つたとき、何か重い、つり下つてゐるやう
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