してゐた。そして皆がたべてしまつて、餘れば――餘りがあれば、コソ/\自分で今度はたべた。
 寒い日だつた。お芳が仕事の手をフト置いて、ぼんやり考へこんでゐた。その時表から嫂が、手桶に一杯水をくんで入つてきた。寒中に水を汲みに行くのは、相當つらい仕事だつた。ところが入つてきて、お芳が何かぽかーんとしてゐたのを嫂が見た。
「えゝ、この穀つぶしの淫だら女《め》。」いきなり、お芳の體に、ひしやくで水をぶツかけた。
「何するツ!」お芳はカツとして、向き直つた。
「ふにやけた體して、それで働きの足しになれるか。穀つぶし。」
 ……源吉は、お芳が話して行つたことを聞きながら、逆に憎惡をもつて、そんなことで、まだまだ足りないぞ! と思つてゐた。今までのお芳に對するどんな氣持もフツ飛んでしまつてゐた。
「んで、俺に?」
「何時くるべかツて云つてだ。分かねツて云つたらなんも云はなえで歸つて行つた。」
 お芳から先だ! 源吉はまだ自分の顏が、自分のものでないやうに、はれ上つてゐる痛みを感じながら、一途にさう考へた。人もあらうに俺達のあの敵に身體を賣つた裏切者だ! あの女郎《めらう》、眞裸にして、逆さにつり下
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