聲で眼をさましたりする事があつた。然し今では、その手紙を待つてゐる氣持が前とはだん/\異つてきてゐた。前は、その男がやつぱり戀しかつた。それが何より一番だつた。それでその[#「その」に傍点]手紙を待つてゐた。が、男から手紙がどうしても來ないといふことが分ると、今度はいくら藥をのんでも、おまじなひ[#「おまじなひ」に傍点]をしても墮りない、どうしても生れて來ようとしてゐる子供のために、男の手紙を待つやうになつてゐたのだつた。
 お芳はあの體で一生懸命働いた。時々陣痛が起ると、物置に走つて行つて、そこで、エビ[#「エビ」に傍点]のやうにまんまる[#「まんまる」に傍点]にまるまつてうなつた。それは前に、家の中で突然陣痛がきたので、お芳は腹を抑へたまゝ、そこにうつぶせになつてうなつた、その時「この恥さらし」と、嫂に云はれたことがあつたからだつた。働いてゐながら、めまひ[#「めまひ」に傍点]が起ることもあつた。突然家の中がゆがんだまゝ、グウツと眼の前につり上つてみえた。そしてクラ/\ツと來た。自分でごはんの仕度をして、それがすつかり出來上つてならんでしまふと、お芳は家の隅ツこの方に坐つて、じいと
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