傍点]が聞えてくることがあつた。皆は兩腕をはすがひに深く懷につツこんで、顎を胸にうづめ、鷺のやうに交る/\片足で立つて、片足は他の片足の脛や股にくつつけ、寒さのために爪先などが感覺のなくなるのを防いだりした。
一人々々、そこから呼び出されて、取調べられた。ドアー越しに、ピシリ/\と平手でなぐりつける音や、大きな身體がどつかへ投げられたやうな、肉が直接《ぢか》にぶち當る變に鈍い、音が、はつきり聞えてきた。低くうなるのや、鼠でもふみつけられたやうな叫聲なども聞えた。その度に、皆は思はず息をのんだ。だが、然したゞ不安な眼差しを、互ひに交はすことしか出來なかつた。荒々しく戸が開くと、よろ/\になつた百姓が、つツ飛ばされるやうに、のめつて入つてきた。
鼻血を出し、それが顏一杯についてゐて、鐵道線路の轢死人が立ち上つてきた、といふ風にみえるものもあつた。顏一杯が紫色にはれ上つて、眼が變に上ずつてゐるのや、唇をピク/\ケイレンさせて入つてくるものもあつた。皆は次の順番のくるのを、身體を硬直させながら、反つて、妙にうつろな氣持で待つてゐた。
源吉はいきなり――いきなり顏をなぐられた、と思つた。自
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