をつくやうな事は云ひもせず、しもしなかつた。ムツシリしてゐた。ことに、源吉は、この事があつてから、ずウと、何時ものムツシリがひどくなつてゐた。母親にはそれが分つた。源吉は、ひどくムツシリし出す、その次には何かキツトいゝことがなかつた。大きなことをやらかす前、源吉は鐵の固まりのやうにだまりこくつてゐた。母親はそんなことが無ければ、とそればかり思つてゐた。だから、何時もの愚痴が母親の口から出た。
「昔、こつたらごと無かつたんだど、本當に、おつかなこと仕出來すんだか。」
 源吉は上り端に腰を下すと、やけにゴシ/\頭をかいた。
「なんもよく[#「よく」に傍点]なるわけでなしさ。」
 由は、火に足をたてたまゝ、母親と兄とを、見てゐた。何んのことを話し合つてゐるのか分らなかつた。
「きつとえゝ[#「えゝ」に傍点]ことなんて無いんだ。」母親は鼻涕をすゝり上げた。
「それこそ本當にめし[#「めし」に傍点]も喰へねええんた事始まるべよ。」
「あまり先き立たねえ方えゝべ。ん、源。」
 母親はまだ、とぎれ、とぎれにくど/\云つた。
 源吉は年寄つた母親の後姿を見てゐた。白髮の交つてゐるゴミの一杯くつついてゐ
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