を前に延ばして、身體を後にひいた、そして蹄で敷板をゴト/\いはせた。「ダ、ダ、ダ……」それから舌をまいて、「キユツ、キユツ……」とならした。
源吉は馬を橇につけて、すつかり用意が出來ると、皆が來る迄、家のなかに入つた。母親は、縁《ふち》のたゞれた赤い眼を手の甲でぬぐひながら、臺所で、朝飯のあと片付をしてゐた。由は、爐邊に兩足を立てゝ、開いてゐる戸口から外を見てゐた。
源吉が入つてくると、母親は、
「俺アそつたらことなら、やめたらえゝ[#「えゝ」に傍点]と思ふんだ。」と半分泣聲を出して云つた。
それは、このことが決つてから、毎日のやうに、何かの拍子に母親が云ふことだつた。何邊云つても、母親は又新しいことか何かのやうに、云つた。「地主樣に手向ふなんて、そつたら恐ろしいことしたつて、碌なことねえ。」
年寄つた百姓達は、どんなことがあらうと、全くそれは文字通り「どんな事」があらうとたゞ「仕方がない。」さう何年も、――何十年も思つてきてゐた。
そんな大それた[#「大それた」に傍点]事は、だから、思ひも寄らなかつた。
源吉は然し母親の云ふことには、別に何んとも、たて[#「たて」に傍点]
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