源吉の顏をだまつてみて、それから「うん?」と云つた。
 源吉は、自分がなんのきつかけもなく、突コツにそれを云つたことに氣付いて、赤くなつた。ドギまぎして「芳さ」と云つた。
「芳? ――うん、芳か。」さう母親が分ると、「それさ、まだ墮りねえどよ。體でも惡くしねえばえゝ。」と云つた。
         *
 百姓達は、さうやつて集つて決めたが、今度はそのことを、地主や差配を相手にやつて[#「やつて」に傍点]行くといふやうな事になると、お互が何處か、調子がをかしくなつた。知らず知らずの間に、どうにか我慢することにするか、そんな事に逆もどりをしさうな處が出てきた。さうなつたとしても、百姓は然し今までの長い間の貧乏の――泥沼の底のやうな底になれてゐたので、ちつとも不思議がらずに矢張り、その暮しに堪へて行つたかも知れなかつた。――源吉は、一層無口に、爐邊に大きく安坐《あぐら》をかきながら、「見たか!」と、心で嘲笑つた。
「お前え達のやることツたらそつたらごとだ。」
 二、三日して、小作料を納められないので、立退きをされさうになつてゐた「河淵の澤」のところへ、差配がとう/\やつてきた。澤の畑を處分す
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